2013年6月3日月曜日

6月2日、主日朝ミサ説教:神は愛を殺す、人間性を自殺をさせるようなものである戦争の愚かさに涙する

朗読個所  : 年間第9主日
         列王記上8章41―43節
         ガラテヤ1章1―2節、6―10節
         ルカ7章1―10節

バチカン、6月2日18時14分(バチカンラジオ葡) 

 「戦争は、人間性に自殺をさせるようなものです。なぜなら心を殺し、愛を殺すからです」。これは聖マルタの家で、この主日の朝に祝われたミサの中でパパ・フランシスコの説教に見られた一節である。

 報道室の報告によれば、 この近年5年のうちに、特にアフガニスタンで平和のためのミッションでなくなったイタリア人軍人の家族や同様のミッションで負傷者となった軍人によってなる80人ほどの人が祭儀に参加した。この6月2日は国民の祝日で「記念すべき日」であると、ミサで共同司式をしたイタリア従軍司祭のヴィンチェンツォ・ペルヴィ神父は思い返した。

 「主はすべての人の祈りに耳を傾ける」、これは神殿奉献の日のソロモンの祈りについて語っているが、わたしたち一人一人の祈りに関しても同様である。パパ・フランシスコはこの真実を描き、僕(しもべ)の癒しをイエスに求める百人隊長のエピソードをも引用した。「わたしたちの神はこのような方です。全員の祈りを聞きます」それもまるで「無名の大勢」というような全員ではなく、「全員の、そして一人ひとりの」祈りを聞かれるのである。「わたしたちの神は、偉大な人の神でもあり、小さき者の神でもあります。わたしたちの神は個人的なのです」、心から全員に耳を傾け、心から愛するのである。

 「わたしたちは今日、わたしたちの故人のために祈ろうとやって来ました。わたしたちの負傷者たち、戦争という愚かなことの犠牲者たちのために祈ろうと。戦争は人間性に自殺をさせるようなものです。なぜなら心を殺し、主のメッセージのあるところを殺す、つまり愛を殺すからです! なぜなら戦争は憎しみや妬み、権力願望、そしてしばしばより大きな権力を持ちたいというあの意図から来るからです」。

 そして、歴史の中では、「しばしば、土地の問題、経済問題、経済危機に面して、この世における権力者たちがこれを戦争によって解決しようとすることがしばしばありました」ともパパ・フランシスコは触れた。

 「なぜでしょうか?その人たちにとってはお金の方が人間よりも重要だからです。戦争と言うのは、まさにこれです。これはお金への信仰の行為、偶像、憎しみの偶像、兄弟を殺すにいたらせる偶像への信仰の行為なのです。わたしの脳裏にわたしたちの父である神がカインに向けた言葉が浮かびます。カインは妬みでその兄弟を殺した人です。「カイン、お前の弟はどこにいるのか?」今日、わたしたちはこの声を感じることができます。それは涙を流す私たちの父である神です。このわたしたちの愚かなことに涙をするのです。そしてわたしたちすべてに尋ねます。「あなたの兄弟はどこにいるんですか?」と。地上の権力者すべてに問いかけます。「あなたたちの兄弟はどこにいるのか?あなたは何をしたのか?」と。

 このポイントで、教父は、この「涙ながらに、あの心の涙をもって」という祈りを繰り返しながら、「わたしたちからあらゆる悪を遠ざけてください」と主に祈る。

 「主よ、わたしたちを顧みてください、そしてわたしたちをあわれんで下さい。なぜならわたしたちは悲しく、胸が締め付けられそうだからです。わたしたちのあわれな様子、わたしたちの苦しみを見、すべての罪を赦して下さい」なぜなら戦争の裏には、いつも様々な罪があるからである。偶像崇拝の罪、権力の祭壇で人間を横領する罪、彼らを犠牲にする罪である。「主よ、わたしたちを顧みてください、そしてわたしたちをあわれんで下さい。なぜならわたしたちは悲しく、胸が締め付けられそうだからです。わたしたちは主がわたしたちに耳を傾け、慰めの霊がわたしたちに与えられるためにどのようなことでもしてくださると確信しています。アーメン」。

 ミサの終わりに、福者ヨハネ・パウロ二世の「イタリアのための祈り」が唱えられた。 
(JE)

0 件のコメント:

コメントを投稿