神はご自分の救いの計画をマリアに示した時と同様に、ヨセフにもそのご計画を啓示し、あらゆる古代の諸民族におけると同様、聖書において神が自らの意志を表明する時に使った方法の一つと考えられていた、夢見を通してこれを行いました[1]。
ヨセフはマリアの理解不能な妊娠によって大変苦悩していました。「マリアのことを表ざたにするのを」望まず、「ひそかに縁を切ろうと」決心しました(Mt 1,19)[2]。最初の夢の中で、天使は彼の重大なジレンマを解決する手助けをしました。「恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアに宿っている胎の子は聖霊からのものだからです(新共同訳:マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである)。マリアは男の子を産む。その子をイエス(主は救うという意味)と名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」(Mt 1,20-21)。ヨセフの答えは即座になされました。「ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたにした」のです(Mt 1,24)。聞き従うことによってその劇的な出来事を乗り越え、マリアを救ったのです。
二つ目の夢では、天使はヨセフにこう命じました。「起きて、子どもとその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている」(Mt 2,13)。ヨセフは立ち向かうことになるであろう困難について問うこともせず、疑わずに聞き従いました。「ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、ヘロデが死ぬまでそこにいた」(Mt 2,14-15)。
エジプトで、ヨセフは自国に戻るために天使によって約束された連絡を信頼と忍耐のうちに待ちました。そして第三の夢の中で神の使いは、幼子を殺そうとしていた者たちは死んだということを伝えた後で、起きて幼子とその母親を連れて、イスラエルの地に戻るようにと命じ(cf. Mt 2,19-20)、ヨセフは今回も、動揺せずに聞き従いました。「ヨセフは起きて、幼子とその母を連れて、イスラエルの地に入った(新共同訳:イスラエルの地へ帰ってきた)」。けれど帰りの旅の間に、「アルケラオが父ヘロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた。ところが、夢でお告げがあったので―そしてこれが四度目の出来事でしたが―、ガリラヤ地方に引きこもり、ナザレという町に行って住んだ」(Mt 2,22-23)。
他方、ルカ福音記者は、ヨセフが自分の出身地で登録をするために、皇帝セサル・アウグストゥスの住民調査の法律に従って、ナザレからベトレヘムへの長く快適ではない旅に取り組んだことを記述しました。そしてまさにこのような状況下でイエスは生まれ、他のすべての子どもたちと同様に、帝国に住民登録されたのでした(cf. Lc 2,1-7)。
聖ルカは、特別な仕方で、イエスの両親が律法の定めをすべて守っていたことを強調することに気を回しました。イエスの割礼の儀式と、産後のマリアの浄めの儀式、神に長子を捧げる儀式についての記述です(cf. 2,21-24)[3]。
ヨセフは、人生のあらゆる状況の中で、お告げの時のマリアやゲッセマニでのイエスのように、自分の「fiat(なれかし)」を口にすることができました。
ヨセフは、家長という役割の中で、神の戒め(十戒)に従って、両親に対して従順であるようにとイエスに教えたことでしょう(cf. Ex 20,12)。
ナザレでの目立たない生活の中で、ヨセフの導きの下、イエスは御父のみ旨を行うことを学びました。そのみ旨はイエスの日々の糧と変容していきました(cf. Jn 4,34)。しかもその人生で最も困難だった瞬間、つまりゲッセマニにおけるその時間に、自分の気持ちよりも御父のみ旨を行うことを好み[4]、「十字架の死に至るまで…従順」になりました(Flp 2,8)。そのため、ヘブライ人への手紙の著者は、イエスが「多くの苦しみによって従順を学ばれました」(5,8)と結んでいます。
こうしたすべての出来事は、ヨセフが「その父性の実践を通してイエスの人柄と使命に直接奉仕するために神から呼ばれた」ということを示しています。このような形でヨセフは時が満ちると、贖いの大いなる神秘に協力しますし、そして本当にヨセフは「救いの奉仕者」なのです[5]。
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